みやけ雪子タイトル

2019年06月14日

まぐまぐ「こわいものしらず」6月7日号より~輝いていたフジテレビ あの輝きをもう一度4・5~

大好きなフジテレビ。


営業管理部配属から1年。この1年は本当に迷惑をかけました。「事務能力ゼロ」「すぐ忘れる」「そこつ」とまるで管理部に向いていなかったのです。それでも当時の上司や先輩は誰1人私を責めることなく、私の失敗のカバーをしてくれました。取柄は明るいことと素直なことぐらいです。今考えても申し訳ない限り。最近になってADHD(注意欠陥多動性障害)だとわかりました。ずっと「天然」だと言われてきましたが、障害だったんですね。ただし、診断を受けていないだけでADHDが潜在的には数が多いと言われています。

私のセクションには年が近い先輩がいませんでしたが、隣のセクションの男女数人の先輩がとても可愛がってくれて、毎日のように私は1つ上の先輩達と会社が終ったら毎晩一緒に食事に出かけていました。冬になったらスキーにも連れて行ってもらいました。このようにフジテレビは家族的な風土が全社的にありました。フジテレビのいいところですね。

昔は「親と子のフジテレビ」そしてこの頃は「楽しくなければテレビじゃない」がキャッチコピーでした。日本がバブルで沸き返っていた頃で、その象徴がフジテレビだったとも言えます。就職したい会社ランキングでも、いつも上位に入っていました。「振り返ればテレビ東京」と揶揄された時代もありましたがはるか昔でした。

私が入社前の1986年4月は、フジテレビはそれまでの8マークから目玉マークにロゴマークを変更しました。富士山をイメージしたものだったようですが、どう見ても目玉だったので以降目玉マークと呼ばれました。もう最近の社員はあのマークが富士山が由来とは誰も知らないかもしれませんね。

1987年からは「FNSの日」「27時間テレビ」が始まりました。先に始まっていた日本テレビの『24時間テレビ 「愛は地球を救う」』に9年遅れて始まったのですが「チャリティではない」のがフジテレビらしかったのかもしれません。まさに「お祭り」といった構成でした。

1988年入社組はこのタモリさん司会の「27時間テレビ」の中で「社長の座を狙え」(うろ覚え)と「深夜のお見合い」(うろ覚え)に出されられました。「深夜のお見合い」はフジテレビ女性社員とフジテレビ系列局男性社員のお見舞いコーナーです。この頃のフジテレビは社員を出す企画が多かったように思います。フジテレビの社員は皆がタレントのようにキャラが立っていました。

営業管理部に配属されて1年後。

念願の外回りの営業セクションに移動になりました。配属先は女性の希望者が多い「ローカル営業部」でした。ローカルというのは首都圏エリアのことです。地方の番組を売るセクションだとよく勘違いされるのですが、違います。全国ネットの番組セールスはネット営業部が担当で、首都圏の番組のセールス営業はローカル営業部が担当していました。ちょうどフジテレビが放送の権利を獲得した「F1グランプリ」や人気が出始めた深夜番組などを主に扱っていました。

当時のフジテレビは視聴率三冠王(全日、ゴールデン、プライム)で、向かうところ敵なし。

やることなすこと成功するような状況でした。会社の業績も好調でした。だからといって決して営業は楽な仕事ではなく、人気がある番組には買い手(提供社)が殺到して断ることもあり、一方、そうではない番組には買い手(提供社)に困っていました。バブル時代だったため、価格設定も高く、大変苦労しました。クライアントは当然「欲しい番組」だけを買いたい。しかし、他の番組を提供も買っているスポンサーが優先されるなど、業界関係者にしか説明が難しいルール(慣習)がありました。

正価は存在していたものの、需要と供給で多くの番組の提供社は決まっていました。

この時の上司はまさに企業戦士といった強面で仕事には厳しかったですが、営業のイロハを教えてくれました。ちなみにフジテレビでは、女性が外回りの営業を担当するのは私が2人目でした。その女性はフジテレビの番組に学生時代に出演していた人気のある方でした。フジテレビが総合職(一般職)を採用した第1号の世代です。私が入社した時に5期目ですね。マスコミ業界でもフジテレビの女性総合職採用は早かったため注目されていました。給与格差なしでした。その先輩は元々事業局が希望だった

ため、事業局に異動になったと聞いています。第1号世代の女性の先輩は目標で

した。ちょうどその先輩方々も責任のある立場になっていた頃です。

(6に続く)

https://www.mag2.com/m/0001616559.html

佐々木さんがおそらきあえてブロックしていあいのはSんSん氏。その理由はわかる。このアカウントが投稿することが・・すぎて、懲戒請求者とその支援者のイメージダウンにかなり「貢献」しているからだ。

SんSんの意味不明の勝利宣言。典型的なネトウヨ仕草だ。

「解らない人は解らないままにしておけば良いという反応ですね。解る人から見たら詰んでますね」

嶋﨑弁護士の全額認容が出た日である。そして何が詰んでいるのか説明できない・佐々木弁護士は「???」と返して(からかって)いる。

私がブログ主側なら、こんな迷惑応援団はお断りだ。笑。しかし、弁護士らにはからかい相手としてはちょうどいいのだろう。

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